2017年 9月9日 – 24日
「まなざしの倫理――「行為の軌跡」と光の問題」
荒井美波の「行為の軌跡」は、文学作品の直筆原稿を、折り曲げた針金によって、「立体的」に「臨書」する一連の作品である。ただし、荒井は、単に文字を「なぞる」のではなく、平面に他ならない直筆原稿から筆圧や筆順などの情報を読みとり、時間的な要素を加えて、筆致を再現しているのである。普段、私たちが文章を読むとき、文字の「書き始め」から「書き終わり」までの遅延について意識することは、ほとんどない。とりわけ、パソコンやスマートフォンで「書く」ことの多くなった今日では、「始まりも終わりもない」活字に馴化している。平面は時間の捨象された位相であり、そこには荒井の求める「行為」が抑圧されている。「行為の軌跡」が「立体的」でなければならないのは、彼女が、文字あるいは文章の意味や内容――つまり「書かれた」もの――よりも、むしろ「書く」という運動それ自体に注目し、テクストの生成する瞬間における出来事を再生しようと試みるからである。
しかし、「行為の軌跡」は立体的であるがゆえに、展示照明のもとで針金の影が落ちる。私たちが作品を「見る」ために設えられた照明のせいで、荒井の手によって再生された「行為」は、再び平面に射影され、表層に堕落してしまうのである。光は、けっして「あたりまえ」に与えられたものではなく、私たちの恣意的な「まなざし」に他ならない。伊藤啓太氏による展示照明のワークショップでは、「見る」ことの過失について意識しながら、文字通り、さまざまな観点から作品を見つめなおす。「行為の軌跡」という作品は、文豪たちの「行為の軌跡」であるだけでなく、荒井美波の「行為の軌跡」でもある。ならば今度は私たちが、いまだ――おそらく作者自身も――知らぬ、潜在的な「行為」に接近するために、目の前の作品を観察しなければならない。
2017年9月16日
ゲスト:伊藤 啓太 氏
展示照明ワークショップ――照明で変わる、作品の “見え方” と “見せ方”